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桜井パンタロンの創作小説

紫陽花の花、揺れる記憶よ永久に……

 
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 紫陽花の花……。
 理恵……。
 博仁……。
 ママ……。
 私は……由美。





 彼は、ベッドに寝そべりながらタバコを吹かしていた。
 私は、シャワールームから出て濡れた体をバスタオルで拭いていた。
「今日は、泊まっていけよ」
 彼は、灰皿にタバコの灰を落とす。
「それは出来ないわ」
 バスタオルを体に巻いてドライヤーで髪を乾かす。
「また、お前のママかよ……」
 そう、私のママには彼と付き合っているのは内緒であった。二十三歳になった現在も門限があり厳しかった。私は、ママの言う事は絶対だと思っている。彼には悪い事だと思っているがママの方が大切なのだ。
 彼は、ふてくされながら背中をむけてしまった。
 現在の彼と付き合うようになったのは一年前の出来事である。社内恋愛であった。私が勤めている会社の営業課に彼は所属していた。私は、事務員であり彼と知り合ったのは入社して一年目の忘年会の時であった。その時は、彼は酔った勢いであったのか私に携帯番号を教えてくれとせがんでいたのだが、私は体裁よく断りをいれた。しかし、その後も彼の押しの強さで付き合うことになったのだ。
身支度を整え、腕時計を見ると二十一時をさしていた。
 家の門限は二十二時である。彼の家から自宅までに戻るには遅くても五十分はかかる。私は、急いで背中をむけている彼に、「帰ったらメールをするから」と言って外へ出た。
 彼のマンションを後にして私は早足で駅へ向う。
 改札を通り抜け階段を上がり、電光掲示板を見ると五分後に急行電車が到着するとしめしていた。彼の自宅から帰る時は決まってこの電車に乗る。そうしなければ、門限に遅れてしまうからである。
 電車に乗ると今日は休日であるからだろう車内は空いていた。酔って眠っている中年男性や家族が大半をしめていた。
 私は、座席に腰かけ窓の外を見つめていた。家庭の明かりやビルの明かり、それに車のヘッドライトが照らしている。
 電車に揺られ、そんな通り過ぎる風景を眺めていた。
 乗り換えをして最寄り駅に到着すると私は、タクシーを捕まえ乗り込んだ。
「○○区○○番地までお願いします」
 彼の自宅でほんの少しワインを呑んだのでほろ酔い加減で運転手に声をかけた。
 運転手は黙って車を発車する。私の自宅までは、徒歩十五分かかる場所に位置する。タクシーに乗れば五分程で到着するのでぎりぎり自宅へ着くのだ。
 私が住むマンションへ到着するとタクシーは止まった。
 料金を支払い車から降りる。
 私は、マンションの入り口へ向かう。
 管理人は、新聞を読んでいた。 
私は、オートロックのナンバーを入力する。
 ナンバーの確認がとれると自動ドアが開いた。そのまま歩きエレベーターへ向かう。
 エレベーターに乗り五階のボタンを押した。
 ようやく自宅へ辿り着き、私はバッグの中からキーケースを取り出した。
 ドアを開ける。
「ただいま」
 玄関の先に明かりがついている。ママはリビングにいるようだ。
 私は、パンプスを脱ぎリビングへ行く。
「おかえりなさい」
 ママは、ソファーに腰かけてテレビ番組を観ていた。
 リビングに立てかけている時計を見ると二十一時五十分であった。いつもどおりの帰宅時間である。
「由美、ご飯は?」
「いらないわ。友達と外で夕飯をとったから」
 ママは、私に彼氏がいる事を知らない。ママにとって男性とお付き合いをする事は決して許されない行為であるのだ。それは、過去にママとパパが離婚をした原因もあるのかもしれない。私が幼少の頃、ママはパパにひどく暴力を振るわれていた。それを幼い私は隠れて自分の身を守る事しか出来なかった。
 ママは、友人に相談をして弁護士を間に入れ離婚を成立させた。それからと言うもの男性との付き合いは一切していない。私にも、「由美はママと一生一緒にいよう」と言い続けていた。それでも、私にも中学生となり思春期をむかえると異性を意識するようになる。自然と好きな人が出来た。中学の三年間はその思いを伝えられずに過ごす。高校へ進学するとクラスの男子に告白をされて私は付き合うようになった。一度、ママに紹介をする事になり自宅へ招いた。ママには内緒で。しかし、それがいけなかった。自宅へ彼が入りママに紹介をしようと、するとママは突然、顔色を変え彼に怒鳴り散らしたのだ。
「うちの由美に金輪際近づかないで!」
 ママは、共学へ行かせなければ良かったと嘆いた。それ以降、私は彼氏が出来てもママには内緒で付き合う事にした。
「一生ママと共に暮らしていこう」
 この言葉がどれだけ私の人生に影響を与えた事か……。
 たしかに、ママは私の一番の理解者であり大切な人である。でも、私も一女性だ。好きな人の一人や二人出来てもおかしくはない。けれど、ママはそれを認めなかった。男性は必ず暴力を振るものだと彼女の中でインプットされているから。それは、パパが原因なんだと思う。ママも不幸な女だ。パパと離婚をしてから女手一つで私を育てた。現在、住んでいるマンションはママ方の祖父母が資金を出してくれて購入したものであった。ママは、一時期男性恐怖症になり精神科に通っていたが、現在はそれも治りパート勤めをしている。
「由美、お風呂に入ってきたら?」
 ママの言葉に私は頷き部屋へ下着とパジャマを取りに行った。彼の自宅でシャワーを浴びているのだが、お風呂に入らなければママに勘付かれてしまう可能性があるので入る事にした。
 私は、何も考えず浴槽へつかっていた。
 今、付き合っている彼の事は本当に好きだし、結婚をしても良いとさえ考えている。彼にもママを紹介してくれと何度も言われているが私はそれを頑なに拒んだ。彼に問いただされ私は全てを話した。それで、別れをきりだされるのならそれまでの関係だったのだと諦めようと思っていた。でも、彼はそれでも私と交際を続けていきたいと言ってくれた。その時、私は彼にならついて行っても良いのでは、彼を信用してみては良いのではと思った。
 今もママの様子を窺い彼をいつ紹介すれば良いのかタイミングを見計らっていた。
 でも、それは叶わぬ願いなのだろう。ママは今でも男性が嫌いである。仕事をしている時はそのような面を出していないようだが、それでも家に入れば男性社員の文句ばかりを言っていた。
「ああ言う男は、家庭で奥さんを泣かせているに違いない」
「きっとああ言う男は、暴力を振る」
 など食事中に永遠と愚痴を言い続けるのだ。うんざりした私は、「皆が皆そうではないわ」と言うと形相を変え、「由美!? あなたもしかして男がいるの!?」と問いただす始末だ。
 こんな状況下で、私が結婚をすると言えばママは彼を刺し殺してしまうかもしれない。
 彼と見知らぬ土地へかけおちをしても良いかと考えた事もあった。でも、私にはママを置いてそんな事は絶対に出来ない。私とママは見えないなにかでつながっているから。血筋以上に深い関係でいるような気がした。それは、ママの愛情が私の全てを包み込んでいるからだ。
 彼とママを天秤にかけるなんて考えたくもない。でも、きっと私は最終的にはママを選んでしまうかもしれない。そんな葛藤を彼と付き合い、結婚を意識してからのジレンマになっていた。
「博仁の事を愛している」
 彼の腕の中で私は呟く。彼は、私を強く抱きしめキスを交わした。今まで付き合った男性の中でこれだけの愛情を感じた事もなかったかもしれない。
「俺も由美を世界で一番愛している」
 彼は私の耳元でそう囁く。
 好きよ、博仁……でも、私にはママと言う大きな存在がいるの……許して。
 浴槽から出ると私は、シャンプーで髪を洗う。シャワーで洗い流すとトリートメントを髪にしみこませた。
 その間に体を洗う。
 体を洗い終わるとシャワーの湯を全身にかけ泡を洗い流した。
 シャワーの湯と泡は、排水溝へと流れていった。このまま、私もこの泡のように排水溝へ流れてしまえばどんなに気が楽だろう。
 クレンジグオイルで、メイクを落とす。
 浴室を出るとバスタオルで全身をくまなく拭いた。今日、二度目の行為である。
 洗面台の前で髪を乾かす。私は、長い髪をヘアクリップでまとめた。
 タオルを髪に巻きリビングへ向かう。時計を見ると二十三時になっていた。
 ママは、まだソファーに座りテレビを観ている。ガラステーブルに置かれている灰皿には、くの字に曲がったタバコが何十本とあった。ママは、一日に三箱はタバコを吸う。所謂、ヘビースモーカーの類であった。タバコを吸いだしたのも離婚がきっかけであった。精神科の医師は、「依存症である」と言っていた。タバコに依存をするのか、お酒に依存をするのか、はたまたドラッグに依存をするものだと言う。ママは、どうやらタバコに依存をしているようだ。
「由美、明日も早いんだからもう寝なさい」
「分かったわ」
 私は、歯磨きを済ませ部屋へ入った。
 化粧水、乳液、美容液を塗り寝る準備をした。
ベッドの中へ入ると携帯電話を手に持ち彼にメールを打った。
 部屋の明かりを消して彼からの返信を待つ。彼からの返信がないと気がかりで眠りにつけない自分がいる。不安で仕方がない。私を愛してくれていると言葉で言っても本当なのかと疑いをかけてしまうこともあるからだ。もしかしたら、いつ別れをきりだしても不思議ではないと思っている。彼が、私との付き合いを遊びだと思っているのならばそんな事は口には出さないだろう。けれど、彼と面と向き合い付き合っていると真剣さが伝わる。だからこそ、「結婚をしよう」と言われた時に躊躇した自分が憎かった。ママが結婚を許すなんて私には到底思えない。この関係がいつまで続けられるのかと不安で仕方がなかった。
 枕元に置いてある携帯電話のバイブが振動する。私は、すぐさま携帯電話を開きメールを確認した。彼からのメールであった。私は、安堵する。彼のメールがいつまでも来ないと私は眠りにつけない。一分一秒がこれ程長く感じる事はないだろう。
 最後の文面に、「由美、愛しているよ」と書かれているのを確認してやっと私は眠りにつけるのだ。
 携帯電話を枕元に置き、私は眠りについた。

 翌日、目覚まし時計の音と共に私は目を覚ます。時計は、六時半をさしていた。すぐさま、携帯電話を持ち彼に、「おはよう」とメールを打ち込んだ。
 それから、洗面台へ行き顔を洗う。タオルで顔を拭きながらリビングへ向かうのだ。
 今は、一月中旬であるので朝は特に寒い。
 リビングへ行くと暖かかった。ママが、私より早く起きてファンヒーターをつけていてくれたのだ。
「おはよう」
 ママに挨拶をすると、「おはよう」と返事が返ってきた。
 テーブルには、朝食が用意されている。私は、椅子に座りトーストを口にした。その横でママがコーヒーを入れてくれる。
 私は、テレビのリモコンを手に取りスイッチを入れ、ニュース番組を見ながら朝食を食べた。
ママは、お弁当を二人分作っている。ママもフルタイムで仕事をしているので昼食をとるのだ。
 私は、食事を済ますと部屋へ戻りスーツに着替えた。メイク道具で軽く化粧をする。私が所属している課の上司は化粧が濃いとうるさく言うので、薄い化粧を心がけた。
メイクが終わり髪を整え、ママが作ってくれたお弁当をバッグの中へ入れる。
「行って来ます」
 ママに言うと、「由美、今日は燃えるゴミの日だからこれも持っていって」とゴミ袋を手渡された。私は、それを持って玄関へむかう。
 パンプスを履きドアを開ける。鍵をしめてドアの開閉チェックをおこなった。後からママが出勤するのだから別に確認をしなくても良いのだけど、私の癖でいつもそうしている。
 エレベーターに乗ると同じ階に住む男性と一緒になった。私は軽く会釈をするとむこうも私に会釈を返した。
 ゴミを出し、私は歩いて駅に向かった。会社には、最寄り駅から一本で着く。就業時間は、八時半からである。
 改札をぬけ満員電車に乗り込む。車内はスーツを着た男性ばかりで女性の数は少ない。たまに痴漢にあう事もあり嫌な思いをさせられる。私が乗る電車には女性専用車両がないのが困る。全ての電車に女性専用車両をもうけるべきだと思った。私のように痴漢に悩まされている女性は少なからずいるはずだから。ママにこの話をすると、「やっぱり男なんてそんなものよ」と憤慨していた。
 人、人、人に押しつぶされながら私は会社へ向かう。車窓から外を眺めるなんて余裕はない。隣にいる男性サラリーマンは新聞を読んでいた。男性が、新聞のページをめくるたびに私の胸に肘があたるので嫌な思いをした。私は、何も言えずにただ黙っていた。朝から憂鬱な事ばかりである。
 バッグの中に入れていた携帯電話のバイブが振動をたてていた。きっと、彼からのメールだろう。
 私は、気を取り直して携帯電話をバッグから取り出した。
 思ったとおり彼からのメールであった。
 いつものように、「会社の帰りに会おう」と言う文面であった。彼とはいつも会社が終わると入り口で待ち合わせをしていた。残業がある時は一緒に帰られないけれど、定時で上がる場合は一緒に帰り夕食をとっていた。
 やっと、駅へ到着すると一斉に降りる人々と共に私も降りた。私の働いている会社はオフィンス街であるのでここで降りるサラリーマンは多々いた。
 人混みにのまれながら私は改札口を出て、その足で会社へ向かう。
 こんな単調な日々を過ごしている。私は、こんな生活ではたして良いのだろうか? 定年まで働き続けるのか? そんな、自問自答を繰り返していた。会社の同期である子に相談をすると、「いつか慣れるよ」と言っていた。私の人生とはこんなものなのかな……。
 結婚をして退社をして、夫の帰りを待つ。休日は、夫と子供の三人で仲良く出かける……私が、そんな夢を抱いても良いんじゃないかと思ったりもする。
 でもママは、「男に頼るなんて絶対にしてはいけない」と口うるさく言った。
 私には、家庭を持つ権利、資格はないのだろうか。
 私だって女としての人生を歩みたい。決して夫に頼った生活を望んでいるわけではない。育児に追われる事もあるだろうが、仕事は続けていくつもりだ。彼ともし結婚をしたらどんな家庭になるだろうと互いに夢膨らませ話をした事がある。彼も私が仕事を続ける事にたいし賛成してくれた。今の世の中、夫婦共働きは当たり前の時代であるし、主婦で過ごすなんて私はしようとは思わない。
 けれど、結婚の二文字をあげると私には大きな壁が待ち受けていた。そう、ママと言う存在だ。
 彼とこの先ずっと恋人として関係が続けられるのならば一番理想的だ。でも彼は、私の六つ年上で現在二十九歳。仕事も順調にこなし会社での評価も上々である。彼の所属する営業課でも、「早く嫁さんをもらえ」と言われているようだ。
 そんな事もあり、彼も私との結婚を急いでいる節がある。私は、結婚をしたいと思うがまだ付き合って一年である。もう少し彼を知ってからでも遅くはないと考えていた。
 いくら考えてもママがいるから私が結婚を踏み切るにはそれなりの覚悟があっての事だと思う。彼の事は、もちろん好きである。好きを通り越して愛している。生涯の伴侶として共に生きていきたい。私は、どうすれば良いのだろうか。
 社内へ入りロッカーでコートを脱ぐ。
「霞さん、おはよう」
 同期の上島さんが声をかけてきた。
「あっ! おはよう」
 上島さんは、「今日も寒いよね」と他愛のない会話をしてきたので私は、適当に相槌をうつ。
そうこうしているうちに朝礼の時間になる。
「いけない。早く行かないとオババに怒鳴られる!」
 上島さんが口にするオババとは四十路手前の金子今日子と言う私達が所属する課で幅をきかせているお局の事であった。金子今日子は、新人いびりは当たり前である。とにかく若い女子社員が嫌いな様子であった。それに引き換え若い男性社員には猫なで声で甘えるから困った存在である。私の彼も金子今日子に気に入られている一人であるので社内で私と挨拶を交わしただけで、目をつりあげ、「男に色目をつかわず仕事をする」と声を張り上げた。
 私達は、そんな金子今日子を影でオババと罵っていた。
 急いで、いつも朝礼をおこなう会議室へ足を運ばせた。この会社は、零細企業なので社内全体を合わせても二十人程である。会議室に全員が入るのかと思えばそう言うわけではない。せいぜい中へ入られるのは十人程度である。その他は会議室の外で社長の挨拶を聞く形だ。私達のような事務員は、中へ入ってはいけない決まりであった。中へ入れるのは営業課と肩書きのある方々だけであった。戦力者のみが会議室へ入られるのだ。
 社長の挨拶も途切れ途切れで良く聞き取れない。それならば、いっそうの事仕事を早く始めれば良いのにと思うのだが社長の方針で月曜日は必ず朝礼をおこなうと決めていた。
 私達が会議室へ向かうと、そこにはすでにオババの姿があった。私達は、オババにたどたどしく挨拶をする。
「おはようございます……」
 オババは、こちらを一瞥するだけで挨拶をしなかった。非常に腹がたつが、文句は言えない。
 私と上島さんは、オババから少し距離をおいた場所で朝礼を聞いていた。この時間程たいくつで仕方がない。仕事も単調で退屈だが、それ以上に時間が過ぎるのが長く感じられる。私は、腕時計に目をやり心の中で、「早く終われ。早く終われ」と呟いていた。
 十五分過ぎると朝礼は終わり会議室の中からぞくぞくと社員が出て来た。私は、その中から彼が出てくるのを待っていた。あまり遅く事務室に戻るとオババの目が厳しいのでそわそわして待っていた。
 そこへ彼が出てくる。私は、彼に小さく胸の辺りで手を振った。彼は、ニコっと微笑み八重歯を覗かせた。朝礼は、退屈であるが彼に会えるのでそれだけが楽しみであった。
 事務室へ戻り、いつもどおりの単調な作業をこなす。伝票計算をしたり電話対応をしたりする。そして、正午になればお弁当を持って同期の子達と食事を一緒に囲んでとった。
 食事が終わると皆で、テレビドラマの話やファッションやオシャレなお店について話をして過ごした。
 休憩時間は、十三時までである。時間になると各自デスクに戻り、また作業に従事する。
 定時のチャイムが鳴ると私達はタイムカードを押してロッカールームへ行く。それが、毎日の出来事であった。コートを羽織り私は、彼にメールを送る。定時に終わったことを告げるのだ。
「じゃあ、霞さんお先に」
「お疲れ様です」
皆が帰っても私は彼からのメールを心待ちしていた。
 彼からのメールが来る。今日は、定時に終わったので一緒に帰られると書いていた。
 私は、浮かれ気分で会社の外で彼が来るのを待った。
 外は、寒いので手に息を吹きかけ暖める。空を見上げてもここは都会である。星空は見られない。ただ、ビルの窓から照らし出された明かりがもれているだけだ。
 彼は、十分程して外へ出てきた。
 私は、彼の手を握り締める。
「手暖かいね」
 まるで彼の優しさを象徴するかのようであった。
「待った?」
 彼の言葉に私は、首を横に振る。
「今日は、どこで食事をしようか?」
「どこが良いかな?」
 彼と歩きながら今日一日あった出来事を話す。もっぱら、休憩時間に女の子達とした会話が全体をしめているけれど。
 会話を楽しんでいる最中に突然、酷い眩暈、頭痛、吐き気が私を襲う。私は、その場に立っていられなくなり倒れこんでしまった。
「おい! 由美!? 由美!?」
 彼は、私を抱きしめ体を揺さぶる。
私は、どうしたのだろうか!? 
彼の声が遠のいていく……。
由美……。
由美……。
由美……。



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